「ー真夜中、この橋をわたってゆくと、ちょうど八本目の支柱のところに、白い着物をきた一人の美しい少女が立っているのだという。
目鼻立ちはすっきりと澄んでいるが、その顔は夜目にもぬけるようにほの白い。
人が通るのを見ると、もの悲しい調子の歌を、ほそぼそと笛を吹くようにうたうという。
早足に通りすぎて、おそるおそるふりかえってみると、もう少女の姿はあとかたもなく消えている。それで「お化け橋」と呼ばれた。
その少女は、どうやら土手に住んでいるかわうそのいたずらだろう。ということになったが、それからしばらくするというと、渦のように暗い不景気の時代が やってきた。
こんどは、このお化け橋を利用して、橋の上から隅田川にとびこんで死ぬものがつぎつぎとあらわれ、それで、お化けの橋は『身投げ橋』という名 にかえられたのである。
もちろん、いつのまにか、美しい少女もいなくなっていた。
ー生活においつめられて、隅田川へとびこむ者に心をよせた少女は、そ の行いを一つにしたのかもしれぬ。
-(中略)
白鬚橋は、けむりをはきつづける。
ごわごわと音さえたてて、アーチのきわからまっ白な煙を、かたまりのやうに吐き出す。
ひとつ、またひとつ、さらに一つと・・・・・・
それは、紐をたちきられた白い風船玉のやうに、つぎから次へと、川下の空に吸い込まれていって、やがて、紺青の一色にとけこんでしまう。
早乙女勝元「美しい橋」